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三回表:沢村栄治を科学する

 「科学する」といっても筆者は物理学や体育学の専門家ではないので、沢村の速球を理論に基づいて云々する能力はない。ただ、現在までにいろいろな疑問が湧いてきたので、それについて紹介し、読者の意見を待ちたいと思う。意見はmailto:shin1917russ10revo@lime.plala.or.jpまで。

2007.9.10

 

疑問2:沢村のボールは本当に軽かったのか?2007.9.10

 沢村のボールは「軽かった」という同時代の野球人の証言が多数ある。例えば、対戦相手では苅田久徳(本牧中-法政大-ジャイアンツ-セネタース・翼・大洋-大和-フライヤーズ-オリオンズ)は、「日本でなら、沢村の球は速いけど軽かったね。150キロは出てたけど、打てばギューンと飛んでった。」と言い、また、島秀之助(第一神港商‐法政大‐金鯱軍‐セリーグ審判部長)は、「球質は軽かったので、当てただけでもよく飛びましたね。もっとも、当たればの話ですがね。」と言っている。審判では、島秀之助(第一神港商‐法政大‐金鯱軍‐セリーグ審判部長)が、「沢村のボールはスパッと小気味はよかったけど、軽くて怖さはなかった。」という証言を残している。ただ、実際にボールを受けた捕手からは「軽かった」という証言はない。

 そもそも、球の軽い、重いというのは、実際にありうるのか、あるとしたらどんな球が軽く、どんな球が重いのか、ここでは速球王だが「軽い」といわれた沢村栄治と、「剛球」といわれた別所昭の球質を対比させながら、打者の立場から考えてみたい。

 打者から見た「軽い球」と「重い球」だが、これは、「当たったときによく飛ぶ球かそうでないか」、という印象だと考えられている。だが、これではあまりに大雑把過ぎて、「当たった」とはどんな状態のときか、十分検証されてこなかったのではないだろうか。

もしこれが「芯に当たった」状態であり、それでも投手によって飛び方が違う、というのであれば、筆者の乏しい物理学の知識ではお手上げである。仮に投球のスピードが沢村と別所で同じであり、苅田が同じスイングスピードで打ったとする。どちらも芯に当たってしかもバットとボールの当たる角度も同じなのに、沢村の球はホームランされ、別所の球は外野フライに止まった、ということはありうるのだろうか。これについては読者の意見を待つとして、筆者は別の角度から考えてみたい。

それは、「打ち損じ」の状態での打者の印象である。

沢村の球は多くの打者の証言からライザーだったようである。要するにバックスピンのよく効いたホップする速球である。同時代の投手でなければピンと来ない人のために類似の球質の投手を探せば、70-80年代ならば江川卓(作新学院高-法政大-ジャイアンツ)、90年代-2000年代ならば松坂大輔である。大リーグが好きな人はボブ・フェラーやボブ・ギブソン、トム・シーバーなどを思い浮かべてほしい。こういう投手はボールを軽く握ってよりオーバースローに近い角度からスナップを効かせて切るように投げる。

ライザーは打者の予想軌道よりも上を通過する一種の変化球である。ライザーは人間の眼の印象ほど物理的には速くない。つまり、ライザーはスピードガンでは最速ではない。これは推力が一部浮力に割かれるからである。

ライザーの得意な投手は高めの速球で空振りさせることに情熱を燃やす。彼らは高めの速球に打者の眼を慣れさせないように低めに落ちる球(ドロップ・縦スラ・フォークボールなど)を投げる。

こういった投手に対する打者の「打ち損じ」は3種類ある。一つは高めの速球をかすりもせず空振りすること。二つ目はかろうじて当ててポップフライになること。三つ目は速球を予測していて低めの落ちる球を空振りすることである。

野球をやったことのある人ならば誰でも賛成してくださると思うが、ポップフライになったときの打者の手の感触は軽い。頼りない、といってもいいくらいである。肩透かしをくらったような感じである。だから大抵の打者は打ち損じた悔しさと余った勢いでバットを叩きつける。

一方、別所の球は内角に来るとナチュラルシュートするような「沈む」速球だったようである。これも同時代の投手でなければピンと来ない人のために類似の球質の投手を探せば、70-80年代ならば江夏豊(大阪学院高-タイガース-ホークス-カープ-ファイターズ-ライオンズ)、90年代-2000年代ならば川崎憲次郎(津久見高-スワローズ)、新垣渚(沖縄水産高-ホークス)などである。大リーグが好きな人ならば、ロジャー・クレメンス(ヤンキース他)、ランディ・ジョンソン(ダイヤモンドバックス他)などを思い浮かべてほしい。こういう投手はボールを深く握ってスリー・クォーターから押し出すように投げる。

「沈む」速球は本来ならばライザーに対して「シンカー」と呼ばれるべきなのだろうが、日本では意識して投げる、沈むシュートを「シンカー」と称しているので、ここではシンキング・ファーストボールと呼ぶ。

シンキング・ファーストボールは本来的な意味での速球である。ボールを意識的に浮き上がらせないため、変化球であるライザーよりも物理的なスピードが出る。「シンキング」といってもライザーほど浮き上がらないだけで、やはりバックスピンがかかっているから、無回転のボールが見せる軌道よりはずっと浮き上がっている。シンキング・ファーストボールが「沈んで」見えるか、「浮き上がって」見えるかは、打者の経験による。多くの速球を打ってきた、あるいはライザーを多く見てきた打者には「沈んで」見えるだろうし、より経験の浅い打者、速球の得意でない打者、動態視力の衰えてきたベテランなどには「浮いて」見えるだろう。いずれにせよ、ライザーよりは打者の予測軌道に近いため、物理的なスピードほどにはノビを感じない。しかし、もともとのスピードがライザーよりも速いため、打ち難さは変わらない。

米国ではノーラン・ライアン(エンゼルス他)やクレメンスなどの速球派はライザーとシンキング・ファーストボールを投げ分けているが(少なくとも筆者にはそう見えるが)、日本では「シュート回転」という言葉の誤用のためか、シュートの得意な投手以外には意識してシンキング・ファーストボールを投げている投手は少ない。(この点に関しては一度筋や関節についての詳しい解説も含めてこのページに載せたいと思っている。現在多忙なのでこの程度の軽い話が精一杯である。)

シンキング・ファーストボールの得意な投手は低めで勝負する場合が多い。また、シュートの得意な場合が多いので内角を大胆に突く場合も多い。

こういった投手に対しては打者の打ち損じもライザーのそれとは違ってくる。ライザーよりも打者の予測軌道に近いため、空振りが少なく、とりあえずバットに当てることはできることが多い。しかし、低めの球が多く、また、「沈む」ため、ゴロになりやすい。また、打者の印象よりは物理的なスピードがあり、しかも、内角にシュート回転した球が来やすいため、詰まりやすい。

詰まった内野ゴロの際の手の痛さも、野球経験者ならば誰でも分るであろう。悪くすればバットが折れる。

こうした「打ち損じ」の違いが、沢村タイプの投手と別所タイプの投手に、「球の軽い」投手と「球の重い」投手という印象を形成していったのではないだろうか。

結局「軽い」「重い」は少なくとも打者にとっては回転数なのだろう。沢村の速球に関しては、打者にとって「軽かった」という証言がその性質をよく表していると考える。芯に当たった場合の飛び方についても物理学の得意な人に是非解明してほしい。

何にせよ、「沢村の球は軽かった」という同時代の打者の証言にはそれなりの根拠があるということだ。

 

疑問1:沢村のボールはなぜホップしたのか?2003.8.1

 沢村のボールはスピードもさることながら、「ホップする」「ノビがすごい」「浮き上がる」と言われた。物理の専門家によれば、ボールが実際に物理的に浮き上がるためには、180km以上(ちょっと数字はうろ覚えなのだが、要するに人間では出せないようなスピード。270kmだったかもしれない。いきなり科学的でない話でスマン。)の速度が必要だという。したがって、ボールがホップするというのは錯覚によるもので、実際には「ホップして見える」のだという。

 つまり、打者や捕手や審判の脳裏には過去の経験によってデータがインプットされ形成されたボールの仮想軌道があり、実際のボールがその軌道より上側を通ったときに浮き上がって見えるというわけだ。図1参照。青点線は仮想軌道、黒実線は実際の軌道、青実線は体感軌道

図1

 ということは、沢村栄治という同じ投手が投げた同じ球でも、ホップする球をあまり見たことがない者にはよりホップして見え、ホップする球に慣れているものにはそれほどでもないことになる。図2参照。黒実線は投手が投げた球の実際の軌道。青点線はホップする球に慣れていない打者の仮想軌道、青実線はホップする球に慣れていない打者の体感軌道赤点線はホップする球に慣れた打者の仮想軌道、赤実線はホップする球に慣れた打者の体感軌道

図2

 ここまでは筆者にも容易に納得できるのである。問題は次からだ。筆者自身の貧しい野球経験でさえそうなのだが、一流の打者によれば、「速い球」と「ホップする球」というのは完全に同じものではないらしいのだ。一流の打者には「速いが打ちやすい棒球」「速くてホップして打ちにくい球」があるらしい。そして、「とても速いが打ちやすい棒球」というのと、「そこまで速くないがホップして打ちにくい球」というのもあるという。「打っても飛びにくいいわゆる剛球」「シンに当たらないひねくれ球」などもあるというが、主旨と外れるので扱わない。「遅くてホップする球」というのはないらしい。つまり同じ速度なのに違う軌道のボールがあるらしいのだ。図3参照。青の実線は145m/hの「棒球」の実際の軌道、黒の実線は特定の打者の145km/hの仮想軌道、赤は145km/hの「ホップする球」の実際の軌道

図3

 つまり、「速ければ速いほどホップして見える」というものではないらしい。

 では、どうすれば捕手や打者の仮想軌道より上を通る軌道が作り出せるのだろうか。

 まず考えられるのは投げられたボールの初速である。初速が速いほど失速して落下する角度が小さい。図4参照。青の実線は120km/hの球の実際の軌道、黒の実線は通常130km/h級の投手を相手にしている打者の仮想軌道、赤は140kmの球の実際の軌道。しかし、初速の速さだけでは「棒球」と「ホップする球」の体感差を説明できない。

図4

 第二はボールの回転である。非常に昔から、バックスピンの利いたボールはホップするといわれてきた。沢村の球がホップするのも、この理論により説明された。これは、上手投げの投手が思い切りバックスピンを利かせると、球が上向きに回転し、ボールに揚力(浮力)が生まれるためだという。図5参照。

図5

だが、そうだとすると、横手投げや下手投げの投手の球がホップして見えるのはどう説明したらよいのだろうか。ソフトボールの「ライザー」などは思いっきり下向き回転しているから、急激に落下する(ように見える)はずなのだが。図6参照。横手投げや下手投げの投手の球がホップして見えるのもやはり揚力によるのだろうか。どうもわからない。

図6

 近年、「ジャイロボール」という概念が提唱された。これはバックスピンではなく、ボールの進行方向と垂直にボールが回転することにより揚力(浮力)が発生するというものらしい(立ち読みしただけなので自信なし。違ってたら指摘してください)。図7参照。

図7

鉄砲玉や大砲の球は真っ直ぐ飛ばす(実際はやはり引力により落下するのだが。当たり前か。)ために旋条溝によって回転させるからこれは一理ある。こういう回転のボールはホップするように見えて打ちにくいだろう。一流の投手はボールを無回転(ナックル)・上向き(速球)・下向き(ドロップなど)・左向き(右投手のスライダー)・右向き回転(右投手のシュート)で投げることが出来るから、こうした回転で投げることもあるいは可能だろう。実際沢村の速球の握り方は「これだときれいな上向き回転にはならないだろうな」というもの(沢村栄治の伝説参照)であり、最近筆者は沢村ジャイロ説に惹かれる部分がある。だが、野球のボールをこういう回転をさせつつ140km/hも150km/hもという速度で投げることができるのだろうか。どうも人間業ではないような気がする。この理論は「球の遅い投手で打たれない投手がいるのはなぜか?」という事実を説明するには非常に説得力があるのだが。

第三はボールの向かってくる角度である。眼の高さに近いほうが速く・ポップして見えるらしい。事実高目の球は大抵の投手の球がホップして見えるが、低めの球がホップする投手は珍しい。下手投げ投手の球、あるいはソフトボールのライザー(浮き上がる「変化球」)などがホップして見えるのも眼の高さに向かってくるからかもしれない。だが、横手や下手の投手は先に述べたスピードや揚力(浮力)の点でかなり不利になるはずである。

山口高志(市立神港高-関西大-松下電器-ブレーブス)のような投手としては低身長の投手が投げた高目のボールは背の高い打者にはあるいはものすごくホップして見えたかもしれないし、クレメンス(ヤンキース他)や五十嵐亮太(スワローズ)のような「ロケットパーンチ!」という感じの投げ方も高目の球はホップして見えるだろう。だが、沢村は当時としては決して低身長ではないし、真っ向上段から投げ下ろす投げ方で、しかも低めがホップしたというからこの説も当てはまりにくい。

結局沢村の球がなぜ「二段伸び」といわれるほどホップしたのか、現代の理論と当時の野球事情を併せて考えてもわからない。読者諸兄の意見を待つ。

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