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九回裏:沢村栄治年譜

2005.8.20更新

年号

沢村年譜

野球史

大正6年(1917

0

21日:父沢村賢二、母みちえの長男として三重県宇治山田市に生まれる。

春:早慶明の三大学リーグ戦に法政大を加えて東京四大学リーグ結成。

813-19日:第3回全国中等学校野球選手権大会で愛知一中が敗者復活戦から復活優勝。

大正7年(1918

1

 

8月:第4回全国中等学校野球選手権大会が米騒動のため中止。

大正8年(1919

2

 

813日-19日:第5回全国中等学校野球選手権大会で神戸一中が優勝。

大正9年(1920

3

 

814-19日:第6回全国中等学校野球選手権大会で関西学院中が優勝。投手沢昇が肋膜炎の高熱をおして力投。病人続出の大会であった。

11月:オール・アメリカン・ナショナル来日。6試合60敗。実態は3Aチームであった。

大正10年(1921

4

 

814-18日:第7回全国中等学校野球選手権大会で和歌山中が猛打で優勝。

秋:東京四大学リーグに立教大が加わり五大学リーグに。

大正11年(1922

5

 

813-18日:第8回全国中等学校野球選手権大会で和歌山中が初の連続優勝。投手井口新次郎は早稲田大で強打者として謳われる。

11月:ハンター率いる大リーグ選抜軍が来日。主力選手はホイト、ステンゲル、ミューゼルなど。17試合161敗。

1119日:大リーグ選抜軍相手に三田倶楽部(慶応OB)の小野三千麿が9-3の完投勝利。

大正12年(1923

6

41日:宇治山田市立明倫尋常小学校に入学。

816-20日:第9回全国中等学校野球選手権大会で甲陽中が優勝。

大正13年(1924

7

 

41-5日:第1回選抜中等学校野球大会を開催。優勝は高松商。

731日:甲子園球場が完成。

813-19日:初の甲子園大会となった第10回全国中等学校野球選手権大会で広島商が優勝。石本秀一監督の日本刀の刃渡りが話題となった。

大正14年(1925

8

 

331-45日:第2回選抜中等学校野球大会で松山商が優勝。

815-23日:第11回全国中等学校野球選手権大会で高松商が優勝。投手宮武三郎は慶応大・大連満州倶楽部で投打に活躍。

秋:五大学リーグに東京帝大が加わり東京六大学リーグを結成。

920日:東京六大学リーグ戦開幕。明立1回戦。

1019日:復活早慶戦。

六大学リーグ戦で早稲田大が優勝。

大正15年(1926

9

 

329-45日:第3回選抜中等学校野球大会で広陵中が優勝。

春:東京六大学リーグ戦で慶応大が優勝。

813-20日:第12回全国中等学校野球選手権大会で静岡中が優勝。投手上野精三。

1023日:明治神宮球場が開場。

秋:東京六大学リーグ戦で早稲田大が優勝。

昭和2年(1927

10

 明倫小の正投手となる。初めてピッチャーズマウンドに立つ。その晩発熱して寝込む。

328日:黒人リーグロイヤル・ジャイアンツ来日。24試合231分け。

429-51日:第4回選抜中等学校野球大会で和歌山中が優勝。投手小川正太郎。小川は8連続奪三振の大記録達成。

春:東京六大学リーグ戦で慶応大が優勝。

83-9日:第1回都市対抗野球で大連満州倶楽部が優勝。

813-20日:第13回全国中等学校野球選手権大会で高松商が優勝。投手水原茂は慶応大の名三塁主として鳴らし、後ジャイアンツ主将。

秋:東京六大学リーグ戦で明治大が初優勝。田部武雄(広陵中)が活躍。後にジャイアンツの米国遠征時に盗塁の大記録。

昭和3年(1928

11

 

330-45日:第5回選抜中等学校野球大会で関西学院中が優勝。

春:東京六大学リーグ戦で明治大が8戦全勝で2シーズン連続優勝。松木謙治郎(敦賀商)が活躍。後にタイガースの主将として沢村打倒の先頭に立つ。

85-9日:第2回都市対抗野球で大連実業団優勝。投手は谷口五郎(早大OB)。

812-22日:第14回全国中等学校野球選手権大会で松本商が優勝。投手中島治康はジャイアンツ入りして悪球打ちで活躍。

秋:東京六大学リーグ戦で慶応大が宮武三郎(高松商)の投打に渡る活躍で優勝。「ベーブ」山下実(第一神港商)も活躍。

11月:Dタイガースのタイ・カッブが来日。

昭和4年(1929

12

41日:明倫小学校高等科に進級。

山口千万石とバッテリーを組む。

 

3月:第6回選抜中等学校野球大会で第一神港商が優勝。

春:東京六大学リーグ戦で慶応大が宮武三郎(高松商)・水原茂(同校)両投手の活躍で優勝。

83-7日:第3回都市対抗野球で大連満州倶楽部が優勝。投手は浜崎真二(慶大OB)。

813-20日:第15回全国中等学校野球選手権大会で広島商が優勝。

秋:東京六大学リーグ戦で早稲田大が天才投手小川正太郎(和歌山中)の活躍で優勝。早大佐藤茂美が早慶戦で劇的逆転ランニング3ラン本塁打。

昭和5年(1930

13

西村幸生の母校厚生小学校(宇治山田中‐関西大‐タイガース‐戦死)に1-0勝ち宇治山田市大会で優勝。

三重県予選を突破。

京都で行われた全国少年野球大会に出場。1回戦で木浦小を撃破、2回戦で和歌山高等小学校を無安打に抑えるが、0-1で敗退。

夏:京都商業学校に編入学。

724-84日:京都商業は第16回全国中等学校野球選手権大会京都府予選2回戦(緒戦)で舞鶴中に1-13で敗退。沢村は控えの内野手で登板せず。

330日-4月5日:第7回選抜中等学校野球大会で第一神港商が連続優勝。投手岸本正治は4試合で54奪三振の大記録。

春:東京六大学リーグ戦で慶応大が優勝。

85-10日:第4回都市対抗野球で東京倶楽部が優勝。

813日-20日:第16回全国中等学校野球選手権大会で広島商が連続優勝。

秋:東京六大学リーグ戦で法政大が若林忠志(本牧中)などの活躍で優勝。若林は後にタイガースで「七色の変化球」と言われ、200勝投手。慶大宮武三郎(高松商)が神宮左中間場外に大本塁打。

昭和6年(1931

14

724-83日:京都商は第17回全国中等学校野球選手権大会京都府予選2回戦(緒戦)で京都師範に3-13で敗退。沢村は登板せず。

控え投手となる。

正投手の故障で同志社高商との練習試合に初登板。初勝利を挙げる。

41日-8日:第8回選抜中等学校野球大会で広島商が初の夏春連覇。

春:東京六大学リーグ戦で慶応が優勝。明大の八十川胖(広陵中)がボーク事件を引き起こす。早大の伊達正男(市岡中)が早慶戦で3日連投。第2戦で三原脩(高松中)がホームスチール。三原は初代ジャイアンツ主将。後に「魔術師」と言われたライオンズ・ホエールズの名監督。

84-9日:第5回都市対抗野球で東京倶楽部が連続優勝。投手は宮武三郎(慶大OB)。

813日-21日:第17回全国中等学校野球選手権大会で中京商が初出場初優勝。投手吉田正男。

秋:東京六大学リーグ戦で立教大が初優勝。

1029日:大リーグ選抜が来日。主力選手はグローブ、カクレン、ゲーリッグ、フィリッシュオドールなど。17試合170敗。

118日:早大の伊達正男が大リーグ選抜相手に6回まで1失点の好投。7回表まで全日本が5点リードしたが7回裏に代わった福田が7点を入れられ逆転。8回からグローブの「スモーク・ボール」に6連続三振を奪われ敗北。

昭和7年(1932

15

724-30日第18回全国中等学校選手権大会京都府予選1回戦12-0で伏見商を撃破。2回戦6-0で京都師範に敗退。

330日-4月5日:第9回全国選抜中等学校野球大会で松山商が優勝。三塁手景浦将。準優勝した明石中の投手は「世紀の剛球投手」楠本保。

41日:文部省が野球統制令を発令。学生選手がプロと試合できなくなる。

春:東京六大学リーグ戦で慶応大が優勝。

84-9日:第6回都市対抗野球で全神戸が優勝。台北交通団で渡辺大陸(明大OB)が活躍。

813-21日:第18回全国中等学校選手権大会で中京商が連続優勝。投手吉田正男。準優勝は松山商で投手景浦将。

9月:黒人リーグロイヤル・ジャイアンツ来日。24試合231敗。

秋:東京六大学リーグ戦で法政大が優勝。

昭和8年(1933

16

116-2月末:福知山商1-0、八幡商6-0、市岡中5-0、平安中3-0、京都師範7-1、明石中0-17、平安中0-1762敗で初の選抜出場を決める。

330-413日:第10回全国選抜中等学校野球大会に出場。1回戦関西学院中を6-2(奪三振14)、2回戦大正中を3-2(奪三振15)で撃破。準々決勝1-2で明石中楠本保の前に敗退。奪三振9。大会の優勝は県岐阜商。投手はドロップの落差から「三尺」とあだ名された松井栄造。準優勝は前年に続いて楠本保の明石中。

724-87日:第19回全国中等学校選手権大会京都府予選1回戦で8-2伏見商、2回戦で11-0京都商実を撃破。準々決勝で平安中に0-1で敗退。

84-11日:7回都市対抗野球で東京倶楽部が優勝。投手宮武三郎(慶大OB)と全大阪伊達正男(早大OB)の対決に沸く。

812-20日:第19回全国中等学校選手権大会準決勝で中京商吉田正男と明石中中田武雄が延長25回の死闘。中京商が3年連続優勝。

秋:東京六大学リーグ戦が11シーズン制に。立教大が優勝。早慶戦で慶大水原茂(高松商)に絡んで「リンゴ事件」起こる。

昭和9年(1934

17

328-47日:第12回全国選抜中等学校野球大会に出場。初戦堺中を撃破。全員奪三振の172回戦で明石中中田武雄の前にまたも1-2で敗退。奪三振12。準決勝で享栄商近藤金光と浪華商納屋米吉が延長19回を投げ合い日没引き分け。納屋はホークス入りしたが、戦死。優勝は東邦商。

724-85日:第20回全国中等学校選手権大会京都府予選1回戦14-0で大谷中、2回戦23-0で桃山中を撃破。準々決勝で京都一工から奪三振23で無安打無得点達成。準決勝で平安中に1-3で敗れるが、京津大会の出場権を得る。京津大会1回戦1-0で膳所中、準決勝6-1で京都一中を撃破。決勝で平安中に7-0で雪辱を果たし、選手権出場を決定。被安打1、奪三振16、与四死球1

813日:第20回全国中等学校選手権大会に出場。1回戦で鳥取一中に1-3で敗退。被安打4、奪三振12、与四死球1、味方の失策3。大会優勝は呉港中。投手藤村富美男は初代ミスタータイガースとなる。準優勝熊本工の川上哲治(後ジャイアンツの主力打者)は藤村の剛球の前に3三振。

1015日:京都商業学校を有私退学。全日本選抜軍に参加。

112日:大リーグ選抜が来日。以後121日まで全国で試合を行い、16試合160敗。主力選手はゴーメッツ・ゲーリッグ・ルース・ゲーリンジャー・フォックスなど。

1120日:草薙球場で全米軍相手に好投。0-1で敗れる。被安打5、奪三振はゲリンジャー・ルース・ゲーリッグ・フォックス相手の4連続を含む9、与四死球1

1226日:職業野球団大日本東京野球倶楽部創立。

85-11日:第8回都市対抗野球で全大阪が優勝。投手は伊達正男(早大OB)。

 

 

 

秋:東京六大学リーグ戦で法政大が優勝。

昭和10年(1935

18

214日:第1回米国遠征に出発。

227日:米国サンフランシスコに到着。

33日:対コーストリーグ・ミッションズで渡米初登板、12-5で初勝利。

619日:ミルウォーキー・レッドソックスとの試合前、ピッツバーグ・パイレーツのスカウトに騙されて契約書にサイン、危うく拉致されそうになる。

716日:帰朝。

9月:全国巡業に出発。

113日:東鉄大宮に1-4で全国巡業初の敗戦。

1119日:全国巡業を終了。

328-47日:第12回全国選抜中等学校野球大会で県岐阜商が優勝。投手は松井栄造。

春:東京六大学リーグ戦で2シーズン制が復活。春の優勝は鶴岡一人(広島商)らの活躍で法政大の手に。鶴岡はホークスでプレーイングマネジャー。

83-12日:第9回都市対抗野球で東京倶楽部が優勝。投手は宮武三郎(慶大OB)。

8月:第21回全国中等学校野球選手権大会で松山商が優勝。投手中山正嘉はホークスで活躍。

秋:東京六大学リーグ戦で早稲田大が優勝。

秋:関西大の西村幸生(宇治山田中)が明治神宮大会で東京六大学を総ナメして優勝。

1210日:職業野球大阪タイガース(-阪神-タイガース)創立。

昭和11年(1936

19

29日:渡米壮行試合を金鯱軍と挙行。職業野球同士の第1戦。沢村ほか3投手が18の四球を出して敗北。

214日:第2回米国遠征に出発。

65日:米国遠征から帰朝。田部・水原が退団。

 監督藤本定義、投手前川八郎、外野伊藤健太郎が東鉄大宮からジャイアンツ入り。

627日:初のG‐T戦。

71日:職業野球連盟結成記念東京大会で名古屋軍が優勝。

711-13日:職業野球連盟結成記念大阪大会が開かれ阪急軍が優勝。

8-27日:朝鮮・満州遠征。

95-12日:茂林寺の特訓に参加。

918-29日:第2回全日本野球選手権大会第1次大阪リーグ戦でジャイアンツが優勝。

925日:甲子園球場の対タイガース戦で職業野球初の無安打無得点。1-0。奪三振7、与四死球4。捕手中山武。

104日:第2回全日本野球選手権大会名古屋トーナメント大会でタイガースが優勝。

1023日:第2回全日本野球選手権大会宝塚トーナメント大会でジャイアンツが優勝。

113-12日:第2回全日本野球選手権大会第1次東京リーグ戦でタイガースと名古屋軍が同率首位。

1114-23日:第2回全日本野球選手権大会第2次大阪リーグ戦でジャイアンツとタイガースが同率首位。

1129-127日:第2回全日本野球選手権大会第2次東京リーグ戦で阪急軍とタイガースが同率首位。

129-11日:ジャイアンツ-タイガースによる選手権決定試合に3日連投の壮挙。21敗で優勝。第1戦タイガース景浦将に完投勝ちで5-3。この試合で景浦に「太平洋場外本塁打」を浴びる。第2戦は7回まで投げて3-5で敗北。第3戦は5回から9回まで投げて42。眼の上にボールを当てたとも肩を痛めたともいわれ、馬肉で冷やしていた。

115日:職業野球名古屋軍(-産業-中部日本-中日)創立。

117日:職業野球東京セネタース(-翼-大洋-西鉄)創立。

123日:職業野球阪急軍創立。

25日:日本職業野球連盟を結成。巨人・大阪・名古屋・セネタース・阪急・大東京・金鯱の7チーム。

215日:職業野球大東京軍(-ライオン-朝日-パシフィック-ロビンス-ホエールズ-ベイスターズ)創立。

219日:長嶋茂雄が千葉県佐倉字臼井で誕生。

228日:職業野球名古屋金鯱軍(-大洋-西鉄)創立。

329-46日:第13回全国選抜中等学校野球大会で愛知商が優勝。

春:東京六大学リーグ戦で明治大が吉田正男(中京商)、岩本義行(広陵中)らの活躍で優勝。岩本は戦後プロ入り。元祖「神主打法」。

81-10日:第10回都市対抗野球で門司鉄道局が優勝。井野川利春捕手(明大OB)が橋戸賞。

8月:第22回全国中等学校野球選手権大会で県岐阜商が優勝。投手松井栄造。捕手加藤三郎をはじめ優勝メンバーの大半が太平洋戦争で戦死。

829日:上井草球場落成。

秋:東京六大学リーグ戦で早稲田大が優勝。

1013日:州崎球場完成。

 

昭和12年(1937

20

2月:徴兵検査に甲種合格。

326日:職業野球春季リーグ戦開幕。

51日:州崎球場の対タイガース戦で2度目の無安打無得点。4-0。奪三振11、与四死球3。捕手内堀保。その夜銀座で未来の夫人酒井優子と出会ったと言われる。四国の素封家の娘で東京女子大在学中。

626日:対タイガース戦でプロ野球初の20勝を挙げる。

711日:職業野球春季リーグ戦でジャイアンツが優勝。

724日:職業野球初の最高殊勲選手を受賞。

829日:職業野球秋季リーグ戦開幕。

1114日:職業野球秋季リーグ戦でタイガースが優勝。

121-7日:後楽園・甲子園両球場でジャイアンツとタイガースで年度優勝決定戦。24敗で敗北。タイガース西村幸生(関西大)に投げ負ける。

25日:職業野球連盟にイーグルス(-黒鷲-大和)が加盟。

328-45日:第14回全国選抜中等学校野球大会で浪華商が優勝。投手は村松長太郎(後イーグルス‐戦死)。

春:東京六大学リーグ戦で明治大が清水秀雄(米子中)らの活躍で優勝。清水はホークスに入り荒れ球投手として活躍。

81日:職業野球大東京軍がライオンと改称。

81-9日:第11回都市対抗野球で八幡製鉄が優勝。

8月:第23回全国中等学校野球選手権大会で中京商が優勝。投手野口二郎。準優勝投手は熊本工川上哲治。

9月:後楽園スタヂアム開場。

秋:東京六大学リーグ戦で明治大が初の春秋連覇。

 

昭和13年(1938

21

110日:歩兵第33連隊(三重県津市)に入隊。

329日:母みちえ死去。享年41歳。

4月3日:広島港を出帆。

4月6日:上海に到着。

4月:軽機関銃射手として中華民国遼東半島から大別山麓に移動、武漢三鎮攻略戦に参加。

923日:左掌に貫通銃創の負傷。

南京の病院に入院。

1月:職業野球名古屋軍の前田喜代士が戦死。職業野球初の戦死者。

327-44日:第15回全国選抜中等学校野球大会で中京商が夏春連覇。投手は野口二郎で4試合連続完封の快挙。

323日:職業野球連盟に南海軍(-近畿日本-グレートリング-ホークス)が加盟。

春:東京六大学リーグ戦で明治大が初の3連覇。早大南村不可止(市岡中)が首位打者獲得。南村は沢村の球をバントでレフト前ヒットした逸話の持ち主。

713日::職業野球春季リーグ戦でタイガースが優勝。

81-11日:第12回都市対抗野球で藤倉電線が優勝。

8月:第24回全国中等学校野球選手権大会で平安中が優勝。投手は天川清三郎。後南海入りするがフィリピンで戦死。

97日:職業野球タイガース景浦将が戦前最高の14試合連続得点。

秋:東京六大学リーグ戦で明治大が初の4連覇。

1112日::職業野球秋季リーグ戦でジャイアンツが優勝。

1117日:職業野球ジャイアンツ中島治康が職業野球初の打撃三冠王。

122日::職業野球年度選手権試合にタイガースが4連勝で勝利。

昭和14年(1939

22

8月:内地に帰還。

31日:日本職業野球連盟が日本野球連盟と改称。リーグ戦を長期1シーズンにすることを決定。

326-43日:第16回全国選抜中等学校野球大会で東邦商が優勝。

春:東京六大学リーグ戦で早稲田大が優勝。

730-87日:第13回都市対抗野球で藤倉電線が連続優勝。投手吉田正男(明大OB)が橋戸賞受賞。

8月:第25回全国中等学校野球選手権大会で海草中の嶋清一が5試合連続完封、準決勝・決勝の2試合連続無安打無得点で優勝。

秋:東京六大学リーグ戦で慶応大が優勝。

117日:職業野球ジャイアンツスタルヒンが職業野球初の通算100勝。

119日:職業野球年度優勝がジャイアンツに決定。

昭和15年(1940

23

1月:満期除隊。

63日:除隊後初登板。

76日:西宮球場の対名古屋軍戦で3度目の無安打無得点。4-0。奪三振3、与四死球5。捕手吉原。

324-42日:第17回全国選抜中等学校野球大会で県岐阜商が優勝。投手の大島信雄はプロ野球最初の新人王。準優勝の京都商神田武夫はホークス入りして活躍するも夭逝。

春:東京六大学リーグ戦で史上初の優勝預かり。

85-12日:第14回都市対抗野球で全京城が優勝。

812-19日:第21回全国中等学校野球選手権大会で海草中が優勝。投手真田重蔵は戦後プロ野球で活躍。

912日:職業野球で英語使用禁止。スタルヒンが須田博に改名。

915日:職業野球大阪タイガースが阪神軍と改称。

秋:秋の東京六大学リーグ戦は文部省の意向で1回総当りの短期シーズンとなる。明治大が藤本英雄(下関商)の活躍で優勝。藤本はプロ野球通算・シーズンとも最高の防御率を持つ。初の完全試合男でもある。

106日:イーグルスが黒鷲と改称。

1017日:職業野球セネタースが翼と改称。

1110日::職業野球年度優勝が2年連続ジャイアンツに決定。

昭和16年(1941

24

5月:泉州一ノ宮大島神社で酒井優子と祝言をあげる。

928日:後楽園での対朝日戦で生涯最後の勝利投手。9回完投、打者33人、106球、被安打5、四球4、三振3、自責点1。

108日:2度目の応召。

1029日:巨人軍が3連覇を決定。

1115日:フィリピン戦線に移動。

 

113日:職業野球翼と金鯱が合併、大洋と改称。

117日:職業野球ライオンが朝日と改称。

323-328日:第18回全国選抜中等学校野球大会で東邦商が優勝。投手の玉置玉一はプロ入り後打者で大成。準優勝した一宮中の林安夫はプロ野球年間最多登板記録を残し、戦死。

春:東京六大学リーグ戦で柚木進(呉港中)らの活躍で法政大が優勝。柚木は戦後長くホークスの主戦級。

7月中旬:第22回全国中等学校野球選手権大会を中止。以後敗戦まで中断。

720日:第15回都市対抗野球を中止。

秋:東京六大学リーグ戦で早稲田大が優勝。

昭和17年(1942

25

調査中

3月:第19回全国選抜中等学校野球大会を中止。以後敗戦まで中断。

4月:後楽園球場2階スタンドに機関高射砲が設置される。

春:東京六大学リーグ戦で明治大が優勝。藤本英雄(下関商)が無安打無得点達成。

524日:職業野球大洋野口二郎と名古屋西沢道夫が延長28回の投げ合い、日没引き分け。

81-7日:第16回都市対抗野球で全京城が優勝。以後の大会を敗戦まで中断。

8月:文部省主催で全国中等学校錬成野球大会を開催。優勝は徳島商。

秋:東京六大学リーグ戦で早稲田大が優勝。戦前最後のリーグ戦。以後敗戦まで中断。

111日:職業野球巨人軍の4連覇が決定。

昭和18年(1943

26

111日:2度目の復員。

3月:巨人軍主将となる。

76日:対阪神戦で生涯最後の登板。初回4与四球で押し出し1点、3回まで5点を失い降板。

1024日:州崎球場での対阪神戦2-2で迎えた11回表11.2塁、6番青田昇の代打に出場。サードフライに倒れる。生涯最後の試合出場となる。

10月:巨人軍の5連覇が決定。

11-1月:勤労動員で川西航空機製作所鳴尾工場にて二式大艇の組立作業に従事。国民服に戦闘帽が当たり前の時代、仕事場にジャイアンツのジャンパーを着、黒い野球帽をかぶって通勤してきたという(坪内道則の証言)。

32日:職業野球で敵性語禁止、全面日本語化。

春:職業野球大洋が西鉄と改称。

428日:東京六大学連盟解散。

後楽園球場2階スタンドにレーダー、観測器を設置。

722日:慶大OBの中田武雄(明石中)がソロモン沖で戦死。

723日:慶大OBの楠本保(明石中)が中国戦線で戦死。

727日:職業野球元南海の神田武夫が肺結核のため死去。

912日:職業野球黒鷲が大和と改称。

1016日:出陣学徒壮行早慶戦開催。いわゆる「最後の早慶戦」。

1112日:職業野球戦前最後の東西対抗戦(後楽園・甲子園)

昭和19年(1944

219日:読売、沢村を解雇。この際家族への仕送りの約束も守られていないことが判明。

7月:長女美緒誕生。

102日:3度目の応召。

1113日:第16師団(京都府伏見区)に入隊。

11月27日、輸送船で門司港を出発。

122日午前4時30分:陸軍兵長沢村栄治、台湾沖で戦死。享年27歳。

25日:日本野球連盟が日本野球報国会と改称。

61日:職業野球南海が近畿日本と改称。

711日:職業野球黒鷲軍の中河美芳がフィリピン沖で戦死。

7月:職業野球朝日軍の鬼頭数男がサイパン島で玉砕。

814日:職業野球阪神軍の優勝が決定。

917日:日本野球総進軍野球優勝大会開催。戦前最後の職業野球野球大会。

930日:職業野球名古屋軍の村松幸雄がグァム島で玉砕。

10月:職業野球巨人軍の吉原正喜がインパール作戦で負傷、手榴弾で自決。

1113日:日本野球報国会がプロ野球一時休止を表明。

昭和20年(1945

 

1月1日:職業野球「猛虎(タイガース)」対「隼(阪急・近畿合同チーム)」の対抗戦8試合。

43日:職業野球元タイガースの西村幸生がフィリピンで戦死。

414日:後楽園球場のスコアボードが空襲で焼け落ちる。

511日:職業野球名古屋軍石丸進一が「最後のキャッチボール」のあと特攻死。

520日:職業野球阪神軍の景浦将がカラングンで戦死。

525日:神宮球場のスコアボードが空襲で焼失。

86日未明:甲子園球場が空襲で大火災。

815日:敗戦。選手の復員開始。

1022日:日本野球連盟復活を決定。

1118日:復活オール早慶戦開催。

1123日:プロ野球復活東西対抗戦第1戦開催。大下弘が大活躍。

昭和21年(1946

 

120日:日本プロ野球復活会議。

427日:日本プロ野球ペナントレース復活。ジャイアンツ・タイガース・中部日本・パシフィック・ベアーズ(阪急)・グレートリング(南海)・セネタース・ゴールドスターの8球団。

8月:全国中等学校野球選手権大会復活(通算28回)。優勝投手平古場昭二が1試合19奪三振の大会タイ記録。後に慶応大・鐘紡で活躍。

115日:復活プロ野球ペナントレースでグレートリングが優勝。

昭和22年(1947

沢村賞制定。背番号14がジャイアンツの永久欠番になる。

11月:ホークスの別所昭が第1回沢村賞受賞。賞品はアルバム1冊。

330日:選抜中等野球大会復活(通算第19回)。徳島商が優勝。

8月:第29回全国中等学校野球選手権大会で小倉中が優勝。投手福島一雄。小倉は学制の変更された翌23年の大会でも優勝。

1026日:タイガースが戦後初優勝。

昭和34年(1959

特別表彰で野球殿堂入り。

 

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